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あなたがあなたにやさしい世界

13歳のとき、幼馴染の女の子が拒食症になった。
中学に上がるのと同時に北陸から九州へ引っ越した私の家へ、中学の最初の冬休みだったか、彼女は一人で遊びに来た。高速バスに乗って。

最初に会ったとき、随分と痩せたな、と思った。
少し大人しくなっていてご飯もあまり食べたがらなかった。
一緒にお風呂に入ると彼女の身体にはあばら骨と背骨がくっきりと浮き出ていて、「骨ってこんな風に見えるものなんだ」と不思議に思ったのを覚えている。
でも十三歳の私にはそのことの意味がよくわからなかった。
彼女は「肌にいいんだよ」と出されたはと麦茶をとてもたくさん飲んで、私がお正月に買ってもらったばかりの少し高い靴(先が丸く膨らんだかわいいぺたんこ靴)を見せたら、「履いて歩いてみたい。貸して」と言って、その靴を履いて近所を歩きに行ってしまった。
人の靴を履きたがるという感覚が私にはよくわからなかった。自分のものになるわけじゃないから。でも不快ではなかったし、それについて深く考えはしなかった。
夜は私の部屋のベッドで一緒に眠り、電気を消してからいつまでもお喋りをしていた。私はいつものごとく家族の面白い話なんかをしていたのだと思う。「いいなぁ」と彼女は言った。「あやの家ってなんだかホームドラマみたいだ」
実際のところ、そんなに整った家庭ではなかったと思う。まだ精神の幼い私は、身の回りのいい部分ばかりを抽出してわざわざ人に自慢するような癖があったから。でも自分の持っているものが最高のものだと思えるというのは、きっと随分幸せなことだったはずだ。それが眩しく映ったんだろう。


彼女が帰ってから、私の母親が彼女の家に連絡をした。
恐らく拒食症だと思う、何かしらケアが必要なのではないか、と。
そしてその後実際に彼女は病院にかかり、摂食障害と診断された。
私はそれを聞かされて、複雑な気分になった。拒食症がどんな病気かさえよく知らなかったけれど、幼稚園から一緒だった幼馴染の子が「心の病気」だと言われて、急に彼女がよくわからない影の世界へ踏み込んでしまったように思った。そして自分もふと何かに後ろから押されて、そちら側へ少しよろめいたような、そんな平衡感覚のぐらつきを味わった。

「二人きりになると母親が愚痴を言い出すのが本当に嫌なの」。そのあと何度か手紙や電話をした中で彼女は言った。色々と言葉を交わした気がする。でもほとんど覚えていない。私はまだ心の病なんて認識するほどの繊細さを持ち合わせていなくて、彼女の言葉にわかったような返事をするだけで必死だった。
頭のいい女の子だった。小学校高学年の頃には、もうなんだか落ち着いていた。運動もできて、剣道を習っていたけれど、子ども相手では練習にならないというので大人に混じって練習して、しかも勝っていた。それがつまらないというのをよく聞いた。手先が器用で、折り紙を折らせるとすごくきれいになんでも作ったし、絵を描くのも上手だった。編み物を教えてほしいというので教えたら、最初から私よりもずっと綺麗に編んでみせた。(当然それは私の嫉妬の対象になった。)
背も高くて、力も強くて、顔立ちも整っていて、なんだか何でもできる子だった。でも私は彼女に劣等感を抱いたことはなかった。寧ろ、彼女の方がいつもずっと自信がなかった。大人しいというほどではないけれど、いつも少し引いたようなところがあって、それが私には「執着のなさ」に見えて不思議な大人っぽさを感じてちょっと憧れてもいた。
でも彼女の方も私のことが好きだったのだと思う。男子との追いかけっこになると、足の遅い私の手を引いていつも全力で走って逃げてくれた。私は途中でついていけなくなって転び、そのまま彼女に何メートルか引きずられて膝からたくさん血を流したことがあったけど、それは結構長いあいだ笑い話にして楽しんだ。
あの時の強い手のひらの感触は今でもなぜかはっきりと覚えている。
そこに彼女の意外な一面を見た気がしたのだ。
本当は内奥にすごく強い力を持っている子なんだと、その端緒に触れて、少し驚いたのだと思う。

それから少しずつ疎遠になっていき、いま彼女がどうしているのか、私は知らない。

拒食症という病気が知りたくなって、中学生の私は、近くの図書館でその手の本をいろいろ借りて読んだ。実際に拒食症だった人が体験談を書いたものが多かった。
アメリカ人女性の本のことを少し覚えている。太りたくないという気持ちで食べては吐く。「一日に食べてもいい量」はどんどん制限され少なくなり、本当に僅かな量だけになってしまう。そのうち、必要なカロリーはとれるけど脂肪が含まれていないという理由で白砂糖をそのまま食べるようになる。コーヒーに大量に溶かして飲んで、それで一日の食事は終わり。
私の幼馴染も、食べる量は随分制限していた。ダイエットの本を買ってきて、そこに載っているメニューを家族とは別に自分で作って食べていた。吐いてはいないと言っていたけれど実際はわからない。最初は少しストイックな食事、という程度だったのが、強迫観念的に加速していく。彼女たちは普通よりもずっと意志が強くて行動力がある。どんどん細くなっていくのに運動量は増えていく。幼馴染は私の家からの帰路、駅から自宅までのバスで三十分の距離を歩いて帰ったと聞いた。

たとえば白砂糖は結果的に中性脂肪を増やすから、脂肪が含まれていないという理由で代替食にするのはおかしい。
栄養学的に言えばそう。でも彼女たちの病はもっと別のところにある。彼女たちが実際に失っているのは栄養学的な種類のものじゃない。もちろん。

前述の本の中で、著者は学生寮で自分以外の拒食症の女の子と知り合う。
そして彼女たちはお互いをかわいそうだと言って泣くのだ。痩せて、痩せて、痩せつくして、それでもうまくものが食べられないでいる相手の痛々しさがかわいそうで堪らなくて、泣く。「あなたはもっと幸せになっていいのよ。だから食べて。元気になって」それは自分以外の少女を太らせようだとか、そういう対抗意識から出る言葉ではなくて、本当に心からの同情の言葉なのだ。でもその言葉に続く。
「あなたにはそれだけの価値があるの。自分をもっと大事にして」
その裏側にはこういう言葉が含まれている。
「私にはその価値はないけれど」

どうして、目の前の誰かにはふさわしいと思えるものが、自分にはふさわしくないと思うのだろう。誰か別の他人が幸せに満たされているのは納得できるのに。
何かを達成できたら、きっと自分を肯定できるはずだ、と思う。理想の体型になれたら、30kg台になれたら、私は誰も彼もから肯定されて当然の人間になる。周囲から羨望のまなざしを浴びることがそのまま自分自身の価値に繋がる。そう思っている。
でもたぶん、そのサイクルは終わりを知らない。体重が40kgを切っても満たされない。だったら、ハードルを更に高くするだけだ。それが加速していく。

本の著者は、拒食症から脱出することに成功した時点で、自伝的に本を書いている。けれどその本の最後には注釈がついている。「著者は現在拒食症を再発し、現在も治療中です。」

自己愛が不足している、と言う。それが病の原因なのだと。でもそれは所有している人には最初から備わっているもので、学習して身につけていくのはひどく難しい。文法の習得と同じように。
どうして自分にはそれが欠けているのだろう。そういうアンバランスさを、「病」として表現せずには生活していけないのは、弱いからなのだろうか。一番最初、両親がくれなかったから? 途中で誰かがそれを傷つけたから? 誰かより何かが決定的に足りないから? 世界には、もっと簡単な人生もあるはずなのに。きっと私自身がそういうものに相応しいから、こんな風に悪い循環が起きてしまうんだ。どうして。辛い。助けて欲しい。でも追いすがると嫌われる。重たい部分が人に疎まれる。強くならなければ。
私が綺麗なら。強かったら。もっと別の環境に生まれていたら。私が私でさえなければ。
自己愛不足は、どんどんと低いほうへ雪崩れていく。


どの本に載っていたかも、詳細も忘れてしまったから、学術的な意味を追及されると困ってしまうのだけれど、以前何かで目にした動物実験の話。
ある大学で、いくつかのグループに分けた兎に、病気にするために毎日なにかの物質を注射した。癌を誘発するための実験だったと思う。すると大体同じ時期に同じ程度の確率で兎たちは発症する。でもひとつのグループだけは発症率が著しく低かった。
なぜなのかを調べてみると、そのグループだけは、学生たちが注射を打つ前に兎をかわいがっていたことがわかった。愛情をこめて身体を撫で、抱き、優しい声をかける。
その後何度か、愛情をかけるグループとかけないグループで比較実験がなされた。そしてどの場合も、愛情をかけられた兎の発症率はそうでないグループよりも有意に低かった。

私にはそれがごく自然のことのように思われた。

そして少し、わかった気がした。
例えばマクロビオティックを始めて、病気があっというまに良くなる人も居れば、なかなかよくならない人も居る。体質の差だとか、病気の程度だとか、そういうものに関係があるのだろうと思っていた。
けれど、それだけでは説明できないような部分がある。ずっと違和感があった。何をしても、いつまでも、泥沼の底を這い回るように良くならない人々。ほんの少し変えただけでさらさらと変わって行く人々。
確かに、ストイックな食事は人を救うこともある。
でもそれだけが人を救うわけじゃない。
そのキーは、たぶん、愛情なのだと思う。

自分に対する愛情が不足していると、善いものを受け取ることが難しい。
誰かに好意を寄せられても、それが自分に相応しいとは思えない。健康な状態もなんの障害もない状態も誰かの優しい言葉も。
何を食べても、どれだけ善い生活をしても、自分を苛め続けている自分が、「何にもふさわしくない、弱い、つまらない」と思い続けている自分が居る限り、きっとそれは染み込んではいかない。

誰かの承認が必要なわけじゃないのだと思う。
もし誰かの承認でしか自己愛が成り立たないのなら、誰かの否認でそれは容易に崩れてしまう。自己肯定というのはきっとそんなやわなものじゃない。そして誰も彼もから認められる存在で居続けることなんて、きっと誰にも出来ない。
何もかもを本当に受け取る資格があるかどうかを決められるのは最終的には自分自身でしかない。
自分以上に自分を否定して、苛め続けられる人はどこにもいない。
あなたはきっと、今目の前に同じくらい傷ついている他人が居たら、その人を蔑んだりしないはずだ。



私の世界はいつでも、仮定することから始まっていく。
もしも今見ているものが本当は違っていたら?
もしも今決めているものを少し変えてみたら?
食事を変えるときもそう。治る確証なんてなかったし、生活を変えるのは怖かった。自分の薄暗い部分がなくなってしまうのも、どこかで嫌だった。
でももしも、それで少しよくなるのが本当だとしたら?
そうじゃなかったとしても、傷つくものも失うものもない。じゃあ仮定してみればいい。期間限定にしたっていい。一度、自分の中で取り決めた「前提」をほどいて、まったく新しい目で、望ましいと思う瞳で、世界を眺めてみる。
もしも私が見たいと願っている世界が、本当はどこかにあるのだとしたら?

目を閉じて、うまく真っ白になれたなら、それがどこかにあることがわかる。今はまだ目に見えなくても。夜のふちで、私たちの望んだ世界が少しずつ生まれている。ずっと遠くから波がやってきて手元まで届くように、私達はそれを静かに受け取っている。いつでも。
やさしい世界は遠くで完結しているわけでもなければ、外から誰かが運んでくるものでもない。
きっとそれは私たちの内側からしかやってこない。

そんな風に仮定し続けて、やさしい世界をつくり続けていく。負けそうになったら新しく塗り替えて、古くなった自分を捨てて、よいと思うものをたゆみなく手繰り寄せながら。


今ならもう少し、あの頃の幼馴染のことをわかってあげられるのだろうか。
世界が辛く見える人ほど、一番優しいものを作り出せるんだって、今の私は知っている。
今何を手にしていなくても、実現できていなくても、確信するだけでいい。
確信できなければ仮定して。
あなたがあなたに優しい世界のことを。

| こころのこと | 20:41 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
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| - | 20:41 | - | - | pookmark |
大分前からちょこちょこ寄らせて頂いていました。
マクロビオティックをやって、かなり以前より前向きになってはいましたが、ここの所不安感や恐怖感や過去の出来事などに捕らわれ、どうも行き詰まってしまい・・・。
最近ホメオパシーを少しだけ取り入れるようになり、レメディを飲む前に読んだホメオパシーの本に書いてある、特に精神的なことに深く共感することがありました。

今回の記事、何度も何度も読ませていただき、涙が止まらなくなりました。私自身、Ayaさんの幼馴染みさんとほぼ同じような状況にあったからです。そして今も、完治はしていません。自己否定が過ぎると両親に怒られたりしますが、どうすれば肯定的になれるのかが解らないのです。
でも。Ayaさんの「やさしい世界は遠くで完結しているわけでもなければ、外から誰かが運んでくるものでもない。」という言葉に気づきを頂きました。
感謝します。少し前に進む手がかりになりそうです。
またお邪魔させていただけたら、嬉しいです。
| fujitamanegi | 2011/10/18 9:53 AM |
>fujitamanegiさん
こんにちは、はじめまして。
ブログ読ませていただきました。色々と奮闘されているのですね。頑張っている人は本当にたくさん居るのだなと気づかされます。そして息子さんがたまらなくかわいらしいです。

心理学でよく言われることですが、「I'm OK,You're OK.」というのがもっとも調和した状態だとすると、なぜか私たちは「You're OK,but I'm not OK.」になってしまいがち。反対の人も居ますが、根っこは同じようなもののようです。
「そんな風にしなくていいよ」と言ってもらえたとしても、最終的には自分がどうするのかを決めるのだな、と最近すごくよく考えていて、ふと幼馴染のことを思い出しました。あの頃から私はずっとどこかで「拒食」という状態のことを気にして生きていたような気がします。
考え事が浮かぶたびにマイペースに書いていきますので、時々お読みいただければ嬉しいです。コメントありがとうございました。
| 文 | 2011/10/22 4:13 PM |









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